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by うるとら

加賀の潜戸



出雲の国の「加賀の潜戸」の神話

佐太大神の誕生


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▲潜戸から見た的島


夏至の日に、この巌窟に、太陽の光が射し込みます。



 加賀の郷は佐太大神の生まれたところであるといい、母、支佐加地売命(キサカヒヒメ命)は、「なんと闇い岩屋であるのか!」と言って、金の弓矢を射通しました。 そのとき、"カカ"っと、光り輝いたため、ここを「加加」という、とあります。 「カカ」とは古語で「蛇」の意があるといい(吉野裕子氏)また、カカ は、母ハハであるともいいます。

 佐太大神が産生まれまさんとするときに、弓矢がなくなってしまいました。そのとき、母の支佐加地売命(キサカヒヒメ命)が願をかけます。「わたしの産もうとする子が、麻須羅神の御子であるならば、なくなった弓矢よ出て来い!」そして流れてきたのが、"角の弓矢"でした。 角の弓矢ではまずかったのか、御子神は、「この弓矢ではない!」と言って投げ棄てます。 次に"金の弓矢"が流れてきました。すると、この金の弓矢を取りあげて、 闇い磐窟を射通しました。 すなわち太陽の光である"金の弓矢"が、カガ の岩窟を射通すことによって、闇い磐窟が "カカ" っと、光り輝きました。この加賀の潜戸から産生あれ給うたのが佐太大神なのだそうです。



佐太大神が、"金の弓矢"である太陽の光が、母の胎内である洞穴岩窟に射し込むことによって生まれたという伝承です。 



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出雲国風土記の「加賀の潜戸」

加賀の神崎

3島根郡
 

(二)島根郡郡郷名・駅家

加賀(かが)郷(さと)。郡家(ぐんげ)の(北西(きたにし)二十四里(さと)一百六十歩(あし)なり。佐(さ)太(だ)大神(おほかみ)の生まれましし所(ところ)なり。御祖(みおや)神魂(かもす)命(みこと)の御子(みこ)、支(き)佐(さ)加地売(かちめ)命、「闇(くら)き岩屋(いはや)かも」と詔(の)りたまひて、金(かな)弓(ゆみ)を以(もち)て射給(いたま)ひし時(とき)に、光(ひかり)加加(かか)明(や)きき。故(かれ)、加加(かか)と云(い)ふ。

 

(七)島根郡大海人

〔海藻(め)生(お)ふ。〕 加賀(かが)神埼(かんざき)。即ち(すなはち)窟(いはや)有り(あ)。丈(つき)許(はかり)なり。周(めぐ)り五百二歩(あし)許(ばかり)なり。東(ひがし)・西(にし)・北(きた)への道(みち)あり。

〔(「)謂(い)はゆる佐(さ)太(だ)大神(おほかみ)の産生(あ)まれましし処なり。産生(あ)れ坐(ま)さむとする瞬時(とき)に、弓箭(ゆみや)亡(う)せ坐(ま)しき。爾(その)時(とき)、御祖(みおや)神魂(かもす)命(みこと)の御子(みこ)、枳(き)佐(さ)加地売(かちめ)命(みこと)願(ねが)ひしく、「吾(あ)が御子(みこ)、麻須(ます)羅(ら)神(がみ)の御子(みこ)に坐(ま)さば、亡(う)せたる弓箭(ゆみや)出(い)で来(く)」と願ひ坐(ま)しき。爾(その)時(とき)、角(つの)の弓箭(ゆみや)、水(みづ)の随(まま)に流れ出(ながれい)づ。爾(その)時(とき)、弓(ゆみ)を取(と)りて子(みこ)に詔(の)りたまはく、「此(こ)は、非(あ)しき弓箭(ゆみや)なり」と詔(の)りたまひて、擲(な)げ廃(す)て給(たま)ふ。又(また)、金(くがね)の弓箭(ゆみや)流(なが)れ出(い)で来(く)。即ち(すなはち)、待(ま)ち取(と)らし坐(ま)して、「闇(く)鬱(ら)き窟かも」と詔(の)り、給(たま)ひて、射通(いとほ)し坐(ま)しき。
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by ultramal | 2010-05-10 16:34