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by うるとら

白山中居神社 はくさんちゅうきょ

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ご祭神  伊邪那岐大神
      伊邪那美大神
      菊理媛大神 明治年代に合祀



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由緒
 本社の創立は、景行天皇の御宇、十二年六月十五日、吉備武比古、国家鎮護のために祀られたが創始とされ元正天皇の養老年間、僧泰澄白山を開くため、石徹白に来られて、社殿を修め、社域を拡張されて神仏混交の元を開かれました。明治維新になり神仏分離となり、仏像及び年代の奉納品は中在所大師堂に祀り所蔵されております。



  神位は 国内神明帳に、正一位白山大明神と記され、天武天皇、聖武天皇の両朝に 神剱、神馬の奉納があり 御宇多天皇の御代、藤原氏の女神鏡を供進して祈願され、御桜町天皇、青倚門院様より戸張の寄進を賜わっています。朝臣武門では、藤原能信、藤原秀衝、今川義元、織田信長、柴田勝家 それぞれ神宝を寄附して崇敬の誠を尽され、天正十八年には、伊藤秀盛 その主豊臣秀吉の為に立願状を捧げ、徳川家康は代参を遣はされて祈願所とされました。神領は山中六ヶ村、東西三里、南北七里に亙り、慶長年中太閤検地に際し除地、年貢免除とされ 萬延元年 神祇管領卜部朝臣より白山中居大神宮の号奉っております。 神職は維新以前迄、神頭、幣主、祝部、神楽司、社家、社人に別れ世襲して奉仕し信徒は明治中期に至る迄非常に多く、伊豆、駿河、遠江、三河、尾張、伊勢、近江、美濃、飛騨、信濃、越前の諸国に亙っておりました。 

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本社は、伊邪那岐、伊邪那美の神が、天の橋立峠からこの船岡の地を眺められ朝日がさし夕日も輝き、流れは隈筥川の辺、長走りの瀧から短滝の清き流れの間、背には雄大なる木々の森が茂って素晴らしい処、この地に伊邪那岐、伊邪那美の神を祀る様神託を授かった当時この山中六ケ村地を支配していた酋長の正月十五日の事でした。

時恰も、景行天皇の十二年壬午年(八三年)の事であります。゛同年六月十五日にして、吉備武彦命国家鎮護の為伊邪那岐の大神をこの地に祀られるに始まります。壬申の乱(六七二年)

元正天皇の養老年中国の大徳泰澄白山を開かれる時、この地に来られ、杜殿を修覆され、社域を拡張されましたが、神仏混交の元ともなりました。以来明治維新両分離に至って居ります。

神位は国内神名帖に正一位白山大明神とあるのが是でありまして、天武天皇聖武天皇の両朝には神剣神馬の奉納がありました。

つづき↓
http://www.hakusanchukyojinja.org/yuisho.htm
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第十二代景行天皇の十二年、熊襲、東夷が朝廷に背いた時、皇御孫を守る為

伊邪那岐、伊邪那美の二神が打波との境の橋立山へ天降りされ、遥か東南を望んで

「善哉 奇しき舟岡ぞ」と 宮川のあたり東、長瀧川 西 短瀧川の間の森にこられ

「これ清清しき舟岡山 中居」申し給い、此処に大宮柱太しく立て静まりました。

この時船岡山の坂路に千引岩をひき、遠き神代に黄泉平坂にて事なせし如く、

この岩を隔てて、許等度(コトド)(お別れの式)をされた。

この時舟岡にひとむらの白雲がたなびいた、大神

「これ いと しろし」と申された。これにより石度白と云う。

石は千引岩を取り、度は、許等度、白雲の白を取ったと云う。



(正一位白山中居神社由緒書きより)




f0004379_1218173.jpg復昔 山中の古喜美という者あり、

その名を武比古という。

景行天皇の十二年正月(西紀前三十九年)

伊邪那岐命が武比古に

皇御孫を守る為舟岡へ天降るから、

舟岡の真中 朝日 夕日がさし

 山と山 瀧と瀧との間に宮を造れと

武比古 神託により舟岡中居の地に

宮殿を造り、天神を祀る

宮殿は七尺四方、高さ二条一尺なり。



(白山中居神社誌より)


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f0004379_14462359.jpg■石徹白の五段の神楽
 白鳥町無形民俗文化財指定の五段の神楽は、白山中居神社春の大祭に大宮殿で奉納される舞である。古記録『年中行事祭祀巻』によれば、十一月の縣祭に磐境の前に注連を張り、庭燎を燃やして黄泉の平坂に坐す二神に奉納したのが始まりとされる。 http://www.gifukoku.go.jp/minobunka/honbun/geinou/02-20.htm

7月第3日曜日 10時 創業祭 先人は、縄文時代より、磐境で祀りを執行後に、
白山信仰が栄えた。古代は、旧暦6月15日に執行されていた。
http://www.hakusanchukyojinja.org/right.htm






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by ultramal | 2006-06-13 13:14 | 白山神社