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by うるとら

仲山金山彦神社 通称「南宮」



南宮写真:http://ultramal.exblog.jp/2362219/







【社名】 
仲山金山彦神社 ナカヤマカナヤマヒコ

『梁塵秘抄』に「南宮の宮」「南宮の…中の宮」などとみえ、早くから現行の「南宮神社(大社)」といふ呼称の方が一般化してゐる。美濃國一宮としても知られる。なほ、信濃の諏訪社、伊賀の敢國杜、西宮の廣田社をも「南宮」と称することは、久保田収博士「四つの南宮」(『式内社のしおり』第三號)等参照。


【所在】
不破郡垂井町官代(舊宮代村)峯一、七三四番地、
南宮山[中山(養老山系と池田山系の間)のふもと東北に鎮座する。


【祭神】

  1. 金山彦(金山毘古命)
  2. 御野命(見野命)
  3. 彦火々出見命(日子穂々出見命)
  4. 罔象女命(彌都波能賣命)
  5. 埴山媛命 (埴山毘賣命)        4.と5.を「秘神」としている



「伊弉並尊、生火神軻遇槌之時、悶熱懊悩、 因爲吐、此化神曰金山彦神是也。」とみえ、文字どほり金山・採鉄・製鐵を掌る神である。眞弓常忠氏「古代製鐵の神々」(『日本古代祭祀の研究』所収)によれぱ、「六世紀代……タタラ炉の出現以後……灼熱の熔鐵を神格化したもの」が金山彦の神と解され、しかも八木意知男氏「『南宮』考----「梁塵秘抄』二六二番歌を中心として」(『古代文化第二九巻一一號)によれば、「南は金山彦の座であり、製鐵の神金山彦を祭紳とする仲山金山彦神社を別の名で称するとすれば、タタラの南の柱に祀られる神の宮、すなわち『南宮』でなけれぱならないことになる。さらに……仲山金山彦神社の『仲山』もまた、「山海経」五蔵山経に鐵の主産地として語られる中山経の『中山』であると考えられるといふ。 なほ、相殿の「御野(見野)神」は、國名ミノ(ミヌ)にもなんでつけられた當國の産土神であらう。ちなみに、ミノは古く「三野」と書かれ(藤原宮出土木簡など)、ついで「御野」と改められ、さらに「美濃」と定められた(和銅元年ころ)。このうち第二の改訂は、野村忠夫氏によれぱ、「壬申の乱でも三野の役割が想起されるなかで、大賓二年(七○二)ちかくに"天皇の原野"を意味する御野の用字に改められた」(『美濃文化総合研究会機 誌第ニ十號)と推定されてゐる。




【由緒】
創建年代は未詳であるが、『不破郡史』下巻(昭和二年刊)所引「南宮神社説」およひ昭和二十七年の神社明細帳には、およそ次のごとく記されてゐる。


イ)「社伝を按ずるに、神武天皇、長髄彦を征し給ひし時、金山彦命、八咫烏を輔けて 屢々神験を顕し皇軍を助け給ひしかば、御即位の後、當國不破郡府中の地に祀らせ給ひ、併て八咫鳥をも配祀して東山道の要、鎮めしめ給ひ、遥に皇城の防護を祈せ給ひきといふ。其後、崇神天皇五年十一月上申の日、今の地、即ち仲山の麓に遷し奉る。府中の舊宮より正南に當るを以って、後世南宮と称し奉ると見えたり。」
金山彦命は、、神武天皇の軍勢が熊野から大和へ進むとき八咫烏を助けて道案内し、その功によって東山道の要地不破群の府中の地に祀られた。これが当社の創始であり、崇神天皇五年濃尾平野を眼下に見渡せる陽の地南宮山に遷座し、さらに麓の現在地に遷座したという。


ロ)「社伝古記等を按ずるに、天武天皇元年(壬申)六月、天皇野上行宮に坐して軍を将し給ふや、當社に戦捷を祈らせ給ひ、御即位の後、行宮の宮殿を當社に寄せ総ひぬ。」
 

 このうち、イ)は他に裏付げが見あたらない(『美濃明細記』には、「崇神天皇五年十一月申十日鎮座……」とみえる、)ただ、もとの社地が北の府中にあり、のち南の現在地に遷つたこと、それゆゑ「南宮」と称するといふこと、この二点は林羅山の『本朝神社考』から粟山寛の『神祇志料』まで諸書にみえる。しかも、現在地から北約ニキロの府中に當社の御旅所「南宮御旅神社」*1 (金山姫命・豊玉姫命・埴山姫命を祀る)があり、五月五日の例祭には神輿三基の渡御が行はれるので、ここを 舊社地とみなすむきも多い。しかし、「南官」の称は、陰陽五行思想に基づく「製鐵神を祭る座としての南の宮」であれぱ、必ずしも方位と開係なく、また通説のやうに「(當社が)國府の南にあり、國守が奉幣使として参詣した社である」(『垂井町史』通史編)とすれば、府中から宮代への遷座説は認め難いことにならう。
 それに際してロ)は、 (中略)  野上行宮で大海人皇子が當社に戦勝祈願された可能性はあらう。ただ即位後「行宮の宮殿」を當社に寄進されたか否かは不明である。 (中略) 田中卓博士が説かれるがごとく「尾張氏と伊福氏の密接な関係(共に天火明にぎはやひ尊の後と伝ふ)を理解すれば、野上は伊富岐神社*2 の南に近接する地であるから、伊福部氏の本居に近く、この地に尾張氏(大隈)の別業がそんざいしても不審とすべきではない。」(『日本國家成立の研究』所収「不破の関をめぐる古代氏族の動向」)と考えられる。
 
  (後略)




*1
南宮御旅神社(旧村者)
 垂井町府中二五〇六番地 鎮座
祭神 金山姫命
相殿 豊玉姫命 埴山姫命

*2
伊富岐神社はこちら
http://ultramal.exblog.jp/2963485/
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by ultramal | 2006-08-10 17:04 | 南宮