◎Ultraはウシトラのモジリ◎       


by うるとら

美濃国因幡大菩薩本縁起之事


夫、因幡大菩薩と申たてまつる御ことは、人王十一代垂仁天皇の第一の王子、御名を五十瓊敷入命と号す、御たけ一丈あまりの御神なり。よのつねこゝろさしをふりやくのみちにかけ、思を文道の葉にとゝむ。りきりやうゆうけんにして世にすくれさせたまひ、才智くわうはくにして、よ人にはこえたり、されとも、御くらゐにつき給はさりし事御のそみありしゆへや、むかししつた太子はわうくうをしのひいて、たんとくせんにのほり、御しゆきやうありしゆへ、三かいの法王となつて、つゐに五百の声聞(しゃうもん)を利し、かねては八方の大衆をみちひきたまふ。いまのいそにしきいりのみこと御即位をのかれさせ給し御こと、ひとへに国家のあんせんをまもり、弓箭のしゆことなりたまはんとの御せいくわん、誠に心さしのなすところゆへあり。さるによつて、第二の王子を御くらゐにつけまいらせ、人王十二代景行天皇と申たてまつるとなり。黍もいそにしきいりのみこと居(きょ)を当国毛利郷にしめき。月ををくり給ひしおりふし、朝家におゐて神代よりつたはりし三種の神器のそのひとつ宝釼夜なゝうする事あり。天皇大きにおとろき、しんきんをなやまし、すなはちはかせをめし、うらなわせ給へは、奥州に日本第一の金の丸ひとつの石となりてあり。ほうけん、くたんの金石に心をかけ、禁中を出るとなり。彼金石を鳳闕(ほうけつ)におさめられは帝都はんしやうして朝威(てうい)四海におほい、天下泰平にして聖化国土におよふと云々。于時中臣部豊益に謀て、金石をとりまいらすへきよし宣下せらるゝの間、ちよくてうにまかせけちをくわふといへとも、国民等かの金石はたうこくのしゆことして往古よりこのかた此国を出す事かなひかたきよし申、けんしたてまつらさるあいた、主上いよ~けきりんあつて、第二ヶ度のちよくしにやまとたけのみことにせんかせらるゝ時、天照太神よりあまのむらくものけんをあたへ給ふ。此むら雲の劔と申は、そのかみそさのおのみこと雲州にして大地の尾よりとりいたし、天せう太神にたてまつりしほうけん也。くたんのけんをぬいてふりたまへは、四方一里の草木かりたいらくるゆへ、草なきの劔とも申也。かくのことく東夷をせめほろほし給ふといへとも、金石におゐてはつゐにとり得たまはす。第三度めにいそにしきいりのみことに宣下ありて、景行十二年十一月三日、やまとのくにまきむくひしろの宮をたちたまひ、奥州におもむき、くたんの金石をたつね給ふに、たかさ三尺六寸、まろさ八尺なるをえたまへり。すなはち御随身あつて同十三年二月御上洛ありしとなり。其金石、大ほさつをしたしみ申にや、当国厚見のこほりにおゐて一夜のうちに三十六丈の山とけんし、鎮座となる事、神通不思議、神反自在の道理なり。ことに、いそにしきいりの神号は、かたしけなくも大梵天皇みつからいなは大ほさつとさつけまいらせらる事、古今無双のきすい、あふくへくたつとむへきものなり。しかれはすなはち天皇(景行天皇)大臣武内宿祢をちよくしにさし下され、椿原金山のふもとに社壇をかまへ、同十四年二月十六日、因幡大菩薩とあかめたてまつる。あつみのこほりを御敷地にふせられ、しかつしよりこのかた四季の御神楽、二きのほうゑやむことなし。れいけんいよ~あらたにして、景行の御宇より三十二代用明天皇の御宇にいたるまて、月をかさね年をつもりて五百の星霜(しゃうそう ほししも)ををくるところに、百済国より仏教僧尼本朝へわたるその僧の中に難行法師といへる人あり。
天の告(つげ)を得、夢中にみのゝくにあつみのこほりいなは山にして仏菩薩かすおほくあつまり光明かくやくとして、まことに浄刹にことならすとおほえて夢さめぬ。すなはち当国へたつね入、当山によちのほる。そも~此地のていたらく、西は寺杜きゝとして白馬寺のほとりににたり。北に大河(号因幡川)まん~として流沙川のきしにひとし。

東南山岳峨々として黒鷲嶺のふもとのことし。かるかゆへに此勝地をしめて籠居し勤行する事一千ヶ日、三宝にきせ、いしていはく、こひねかはくは十方三世一切の謝仏、我に正法をしめし、御神体を現したまへと一心不乱に修念する時、夢中に童子きたつてつけていはく、我神体をあふき見んとほつせは、東方に大きなる池あり。達地目(だちぼく)の池のほとりにかならす応現あるへしと云々。翌日彼所に莅てそんたいを念し呪を誦し、たんせいをぬきんつるところに、かつちうをたいしたる武者数十き、白雲に乗て見え給ふ。難行再拝称名していはく、ねかはくは御本地を示し給へ、御本誓をあふきたてまつるへしときせいいたす時、神託にいはく、我在世のむかしはふりやくをむねとしていそのかみの神宝をつかさとる。垂跡のいまは金山に住してくとんの衆生を利し、もつはら一天四海安穏豊饒五穀成就と守る。頌日、


 我是弥陀     此山垂跡
 われこれみだ   このやますいじゃく

 現大菩薩     済度衆生  文
 げんぼさつ    さいどしゆじやう


干時難行法師、神勅にまかせて一々に本地の徳をひろめ、をの~に垂跡の化をほめたてまつり、是をしるしていはく、

一、中宮因幡大菩薩   本地阿弥陀如来本 
一、宮峯権現       本地薬師如来(御母也)
一、下宮金大明神    本地聖観世音菩薩(御息所)
一、大行事         本地虚空蔵菩薩(御嫡子)
一、后御前         本地十一面観音化身
一、大神門         本地金剛界大日如来(已上三所王子是也)
一、児御前         本地勝軍地蔵菩薩、
一、高山          本地釈迦如来化身、
一、野宮          本地毘沙門天王化身、
一、祖曽路宮       本地大聖文殊師利菩薩化身、
一、峯八王子       本地八大金剛童子、
一、惣社大明神      本地千手観音化身

かくのことく難行法師おこなひあらはし、御宝殿をつくりあかめたてまつるところに、人王四十代のみかと天武天皇、大友の皇子におそはれさせたまひて、九禁をさつて大和のくによしのゝおく、清見原にしのはせおはしけるか、ひそかにみのゝくにふわのこほりにつかせたまひ、たうごくならひに尾張のぐんびやうをあつめ、ふわの関をかため、御かつせんありし時、きよみはらの天皇、南宮法性大菩薩にちかひたまふ。今度のかつせんに勝利を得、本意をとけは、たうごく一宮にあかめたてまつるへきよし御きねんのみきり、神託にいはく、いなは大ほさつ大行事の市隼雄の大明神に御きせいあるへしとの告あり。天皇東山に向て御いのりありし処に、たちまちに鏑矢東山よりかふらのをとして西をさしてとひゆきぬ。大友の軍勢程なくこと~くほろひて、長沢と号する谷川の水、血になりてなかれしよりこのかた、黒血川と申とかや。かくのことくれいけんあらたなるによつて、天武天皇の御願として南當法性大菩薩を当国一宮にあかめ、いなは大ほさつを三の宮とあかめたてまつり、あつみのこほりを御神りやうとさため、則六所の神宮寺をこんりうし、毎年二月十六日より三十講をおこなひ給ふ。三月三日より同六日にいたる迄、四日の八講をつとむ。当軍内平田の東西以下、郷々八頭をつとめ、ほうへいいたし、しかのみならす八人のやをとめ五人のかくらおのこをさためをきて、日々夜々の御かくら断絶せす。みなこれ無双の神徳也。諸人あゆみをはこひ、子孫はんゑい福寿増長の利生にあつかる事、是あらた也。在世のそのかみは石上の神宝をつかさとり、すいしやくのいまはふりやくのみちをもとゝして朝家をまもりたてまつりたまふ神明也。
奉為天下泰平国土安穏万民快楽子孫繁昌寿福増長敬白


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by ultramal | 2006-08-12 14:08 | 伊奈波