◎Ultraはウシトラのモジリ◎       


by うるとら

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関市池尻にはかつて弥勒寺と呼ばれる寺がありました。いまはその弥勒寺の跡、礎石部分だけが残っているそうですが、かつてはムゲツ氏の氏寺であったのだそうです。ムゲツ氏は、いまだもって謎のベールに包まれた存在のようですが、後世、この地に縁のあった円空は、この関市池尻の弥勒寺付近で、ミロクの下生を希って入定したと伝えられております。


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また、関西から見て鬼門にあたる伊吹山もまたミロクの山であったといいます。その伊吹山、山頂には日本武尊とともに弥勒像が祀られ、古文献はこの地が古くから「弥勒三会の暁」待つ霊場であったと記されているのだそうです。伊吹山山頂からも、御岳からの日の出を夏ごろに拝めるということです。 (写真は、伊吹山頂上の弥勒菩薩像)



*ムゲツ氏

牟義都
牟下津
身毛君広
身毛君大夫
身毛津首


ムゲツ氏は、軍事的・祭祀的な役割を担ってヤマト王権と深く結びついた伝統的な美濃の地方豪族で、記紀などの史料には牟義都・牟下津など様々な表記が見えます。672(天武1)に起きた壬申の乱での身毛君広[むげつきみひろ](大海人皇子の舎人[とねり])の活躍が武義郡を治める郡領としての地位を確実にしました。
http://www.city.seki.gifu.jp/kankou/seki/mirokuji/index.htm

もともと身毛氏は『日本書紀』の景行天皇条に大碓皇子の子孫・身毛君氏として登場し、雄略天皇条に武人「身毛君大夫(むげつのきみますらお)」が記され、壬申の乱で「身毛君広」が活躍し、『続日本紀』で、「身毛津首(むげつのおびと)」なる人物が、天皇家の「聖水」を司る役目をつとめています。したがって、7・8世紀に飛騨と美濃両国の接点地域-奥美濃で、大きな勢力をもっていた身毛氏の全貌が明らかになったとき、岐阜県の古代史は大きく書きかえられるかも知れません。
http://www.shoushin.co.jp/mino6.htm


最近思うことは、
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by ultramal | 2006-04-30 14:36 | 水 犬 鉄

御嶽の先に蔵王山

 奈良の法起寺を起点とする東北線は、長い旅の末に、純白の雪を頂いた巨大な岩石にぶち当たる。木曽の御嶽山である。

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by ultramal | 2006-04-30 07:34 | 水 犬 鉄

●ムゲツ氏への仮説


以下は中日新聞中濃版に連載された(およそ20年も前)
尾関章氏の 「水と犬と鉄―古代の中濃とムゲツ氏―」 の最後の項
このあたりのことは、両面宿儺伝説をめぐる奇想←こちら にちらりと載っていますが、著者が述べているように古代の王朝史のからんだムゲツ氏の存在が、日本古代史への重大な問題を提起しているということは、あまり知られていないことであるのではないかという思いもこめてここに掲載してみたい。(個人的には予習も含めて)

~ 古代人の壮大な幻想 ~
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by ultramal | 2006-04-25 19:37 | 水 犬 鉄

■聖マイケルライン


○イギリスでは一九七六年に「聖マイケル・ライン」と呼ばれる最も有名なレイラインがみつかった。この線は五月一日"メーデー〝(西欧で自然が生産を開始する日)の太陽が上る方位そって引かれ、セント・マイケルズやグラストンベリーなど「聖マイケル」をまつる聖地をその線上に集中させていた。聖マイケルは太陽神アポロン、光の大天使ミカエルと同一の聖者であり、悪竜を退治する武力の英雄でもある。したがって、聖マイケル・ラインは冬を殺し、新しい生命を地上にもたらす生命エネルギーの道だったのだ。この太陽にまつわるラインがもっとも発見しやすいレイラインなのである。

○なかでも重要だった要素は、むろん太陽である。地上に生命を芽ぶかせる父の力。また太陽は闇に明かりをもたらしもする。そこで西洋では太陽の力をあらわすキャラクターとして「ミカエル」なる人名が登場した。ミカエルはキリスト教典に語られる大天使で、よりを着け武具をもった美しい青年として描かれる。罪のシンボルである竜を退治し、光を運ぶ。
 光を運ぶということは、太陽の道を意味する。太陽がいちばん力を得たとき、生命力は死にうち克つ。それが竜を殺す聖マイケルとなり、武具をもつミカエルをあらわしたかったからにちがいない。
 これに対して、月は大地からくるエネルギーを司る、これをイメージ化したのがマリアだ。地下からくる母のエネルギーはやさしく、また弱いので、地下に貯蔵庫バッテリーを築く必要がある。そのためにか、古墳の中には石で組まれた蛇状のバッテリーも造られた。これは見方によると迷路にも見える。迷路は内臓のイメージから発達したといわれるが、たぶんそのとおりだろう。地下エネルギーが迷路をゆっくりと循環し、しかも逃げ出せないようにした蓄積回路なのだから。このために多くの塚が造られ、内部が空洞にされた。これを外から見ると女性の乳房のようにみえる。
 こうしてレイライン沿いには、ときに、角を立てたピラミッドが、また、ときに乳房みたいない丸い塚がつくられようになった。大地に流れるエネルギーを強めるガソリン補給所のように!


○竜穴をつくるには、曲線の道が必要になる。その道こそが、ストゥークリーの発見した「大蛇の神殿サーペント・テンプル」だったと考えられないだろうか。とぐろを巻くドラゴン。そして槍を突く聖マイケル――そう、あの竜殺しのイメージさえ、本当は竜を殺すのなく、元来は天の気と地の気の交わりを象徴した姿だったと考えられる。たしかに、そう考えると、竜脈はかならず曲線をとり、直線になることをタブー視された風水説とも一致するではないか。




 『風水先生レイラインを行く 神聖地相学世界編―荒俣宏コレクション2
                                集英社文庫 荒俣 宏 (著)』
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by ultramal | 2006-04-13 11:14 | ノート

ヒメゴソ

摂津国東生群
比売許曾神社
祭神 下照比売

アカルヒメ
シタテルヒメ
渡来した光り輝くという同一神格の女神を原像とする
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by ultramal | 2006-04-10 10:46

カカ

『出雲国風土記』の加賀の郷

加賀(かが)郷(さと)。郡家(ぐんげ)の(北西(きたにし)二十四里(さと)一百六十歩(あし)なり。佐(さ)太(だ)大神(おほかみ)の生まれましし所(ところ)なり。御祖(みおや)神魂(かもす)命(みこと)の御子(みこ)、支(き)佐(さ)加地売(かちめ)命、「闇(くら)き岩屋(いはや)かも」と詔(の)りたまひて、金(かな)弓(ゆみ)を以(もち)て射給(いたま)ひし時(とき)に、光(ひかり)加加(かか)明(や)きき。故(かれ)、加加(かか)と云(い)ふ。
出雲国風土記 山川出版社

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またスクナヒコナが乗ってきた船を「天の羅麻船(あめのかがみのふね)」というらしく羅麻とはカガイモのことらしい。カガイモ?星の神ガガイモ・・・

とくれば、星の神、天のカカセオ。天香香背男
星の神カカセオはアマツミカ星ともいわれ、明けの明星であるとか、妙見信仰であるとかいろいろいわれていたような・・・・・・・。どっちも大元神なんじゃ・・・・ぶつぶつぶつ。

なんと調べてみたら、「目の神様」として祀られているというではないか!?
やはりカカセオもシリウスなのね。


ちなみに、「カカ」は蛇を表しているといわれている。
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by ultramal | 2006-04-08 12:10

天日槍・天之日矛

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 もっとも天日槍の伝承は多様であって、その内容はけっして単純ではない。その詳細はすでに早く指摘したが(「古事記の伝来伝承」、『古事記』所収、社会思想社、一九七七年)、まず第一にその渡来の時期を『古事記』が応神天皇の代とするのに対して、『日本書紀』はそれをさかのぼる垂人天皇の代のできごととするちがいがある。
 さらに天日槍が倭国に渡ってくる事情について、『古事記』が描く阿加流比売を追慕して渡来するというエピソードは『日本書紀』になく、これに類似する伝承は、『日本書紀』垂人天皇二年是歳の条の「一云(イチニイワク)」に述べる、意富加羅国(大伽耶)の「王子」とする都怒我阿羅斯等が「北ッ海(日本海)」をめぐって敦賀に渡来する説話にある。
  赤玉や神石(白石)が乙女に変化する伝えも『古事記』の天之日矛伝承と『日本書紀』の都怒我阿羅斯等伝承とに共通している。日光に感精して懐妊する赤玉神女伝承は、『古事記』にはっきり記されているが、日光感精型あるいは赤玉神女型の神話は、古代朝鮮にかんする貴重な古典である『三国史記』などにみえるところであって、天之日矛(天日槍)と神女をめぐる伝承の直接のふるさとが朝鮮にあって、それが天日槍に象徴される渡来集団のなかではぐくまれていったことはほぼまちがいない。


天日槍の渡来コースには鉄の文化とのかかわりを物語る遺跡がかなりあって、天日槍集団の背景には鉄の文化と土木開発の技術があったと考えられる。

古事記が「天之日矛」、『日本書紀』や『風土記』・『新撰姓氏録』などが「天日槍」と書くのに対して、『古語拾遺』が「新羅の王子 海檜槍」と記しているのは興味深い。もともと「海語連」と表記していたのが、後に「天語連」と表記するようになってたごとく、海上ルートで新羅から渡来した「天日槍」の「天」も本来は、「海」であったかもしれない。

『天日槍と渡来人の足跡』海鳥社 〔 序――探訪・天日槍伝承(上田正昭)の頁より 〕
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 天之日矛には別名が多く、気比神宮の主祭神である「イササワケ命(気比大神)」のほか、近江の鏡神社の主祭神「天目一箇命」、御上神社の主祭神「天御影命」とも同一人物ともされているそうで、籠神社の伝承によると、この天御影命は天火明の別名であるともいいます。現在の籠神社の主祭神は、天火明命とされているそうですが、天火明には別名が多く、正式には天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命というのだそうです。 現在籠神社では、この御神名を分解して、天照が天照大神、国照彦は猿田彦、櫛甕玉は大物主=大国主命(=大己貴命、八千矛神)、饒速日命がそれぞれ別な神々として独立して祀っておりますが、本来はもともと「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」という一つの名が表すように、同一神であったようであります。
 また、籠神社の極秘伝として天火明命の別名には加茂別雷神や丹波道主などが伝えられているそうですが、そのなかでも重要とされたのが「彦火火出見尊(ホホデミ命)」で、ホホデミ命といえば、記紀には天照大神の孫、火遠理命として登場し海幸山幸彦神話として知られております。実は神武天皇の名前の中に「神日本磐余彦火火出見尊(記紀)」と"ホホデミ"という名前を持っていたのだ!!という驚きの報告がされておりました。(「以上月間ムー」2004年1月号 No.278参考)

コメント
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by ultramal | 2006-04-06 12:35 | ノート

花見

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宮の渡しに花見に行ってきた。
みんなに久しぶりに会えて楽しかった☆

なんか最近疲れてきた(^^)
ブログもあまり更新しないかもしれないけど。
しばらくはこんな状態かな・・・


あ、きょう話題になっていた以前宮の渡しに行ったときの
不思議写真はこちらに貼っておきますね。
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by ultramal | 2006-04-01 22:03 | 海上の森