◎Ultraはウシトラのモジリ◎       


by うるとら

加羅佐手神事
からさで
錦紋小蛇 日の御崎神社
徒然草参考
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# by ultramal | 2006-06-27 10:23 | ノート

神去来
ざっとみたところ出雲の神集いとは大国とその妻神の生殖行為からは縁結び、また国生みから、護国五穀豊饒祈願、そこから塞の神だの、道祖神すなわち性神信仰にその本髄があるとみた。なぜ十一月なのかなぜ“出雲”に集ってそして神去るのかについてはかなり忌み深いものがあるようである。出雲成立の背景もあるのか
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# by ultramal | 2006-06-26 10:17 | ノート

不死

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ボストン美術館所蔵“肉筆浮世絵展”「江戸の誘惑」
 6月17~8月27日


じゃ~ん。
雑誌に載ってた北斎の絵。カッコイイ~☆


富士山の名前の由来がいろいろいわれてたけど、いまいちピンとこなかった。
「富士山はなぜフジサンか」谷信二著 など。

東に蓬莱国を知らせよ(始皇帝)
富士
不死
不死鳥
フェニックス!!



*富士山 名前の由来
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# by ultramal | 2006-06-22 21:24 | 日記

神武紀三十一年四月条

日本は浦安の国
細戈クシホコの千足る国
磯輪上シワカミの秀真国
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# by ultramal | 2006-06-20 16:47 | ノート

錬金術

『一つ目小僧と瓢箪 性と犠牲のフォークロア』 飯島吉晴著 より



錬金術は通常卑金属を黄金に変えることを目的としたもの  卑金属(容易に参加する金属⇔貴金属)

科学の前進

あらゆる心理や宗教の本質をなす



「すべての事物をあらゆる場所で永遠に完成させること」をめざす

「自然や生命や死や、永遠や無限のもっとも深い秘密を解明する」

(スタニスラス・クロソウスキー・デラ・ロラ『錬金術』種村季弘訳、平凡社、一九七八年)




錬金術で重んずる黄金とは、不変で完全で祝福された状態の魂のシンボルであり、黄金の獲得を目指すことは同時に悟りの境地のように意識が根源的に変革されて高次の認識水準に達することをも意味した。

「金」は新しく生まれ変わった再生の象徴ともされた

タタラの仕事は、世界創造神話の反復とみしうる面がありますから、もののはじまりや蘇りということにはとくに敏感なのです。


「賢者の石」
卑金属から黄金に変える赤くて重い石

液化すると延命長寿の霊薬となり

あらゆる病気に効く万能薬

暗号、謎、難解な秘密のテキスト 秘密の保持
錬金術の知識は破壊的な力があるのと、自己犠牲なくしてはそうそう簡単には秘術には近づかせないため


レビス(石)
頭が二つで体が一つの両性具有者

両者の結婚=結合

黒 不敗の段階で、結合の後の死  (死体、髑髏、カラス)

白 甦り (白鳥) 肉体と魂との合体による復活の段階 → 銀

  火によって加熱

赤 灰の中から蘇生する「不死鳥」 ペリカン
   (「哲学の卵」の中に閉じ込められた戴冠した若い王) ?

  赤い「賢者の石」が生まれる ←卑金属を黄金に変え、霊薬や万能薬


  赤い石は、溶けた金と混ぜる

  
    「賢者の石」が完成する


賢者の石を持つ者は、姿を消したり空を飛んだり、あらゆる不思議な力を得る




秘教(ヘルメス)的錬金術
 錬金術師がめざした黄金は金属(物質)ではなく
 魂の浄化を象徴した霊的黄金である意識の至高状態をいう

錬金術師は自然になりかわって自然の作業を成就し、卑金属を黄金に変成させて自然を完全なもとし、時間にとってかわる





修験道 永遠の生命の探求をめさした煉丹術(錬金術)と同じ 若尾五雄

金を採集するための苦難が、
苦難そのものが、目的のようになり変形している
本来は、修験の服装や持ち物も、前人未踏の地に金や水銀を探すためのものだった



真っ赤に溶けた液状の金属
(金山彦神はこのたぎる金属から生まれたのであるが、
古事記ではこれを「吐り」と称している)

強烈な自然の力に触れる―社会的に危険視
タタラ師はどんな物質にも属さない、金属の塊に触れる





錬金術の図像
 ウロボロス われとわが尾を噛んだ図像
   「無限にして永遠なる一者」

自我の自立=龍を退治する英雄神話(エーリッヒ・イーマン)


頭と尾の結びつき――常陸の鹿島沖

龍蛇は頭と尾が結びつき一つの輪となって日本を取り囲んでいる「伊勢暦」

鹿島大神(建御雷神)が押さえている要石==頭と尾の結びつき


中沢新一



『一つ目小僧と瓢箪 性と犠牲のフォークロア』 飯島吉晴著 より
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# by ultramal | 2006-06-18 17:56 | 瓢箪/蔵王権現

タタラ


『一つ目小僧と瓢箪 性と犠牲のフォークロア』 飯島吉晴著 より



金剛蔵王権現も仏教には存在せず
埋蔵された金属を支配する王の意味ではないかとされています


蔵王権現とともに本尊
の不動明王
大日如来のやつした姿
極めて両議的な神

片目を薄く閉じた日月眼でこの世と冥界を二つの世界を見通している

降魔の剣には倶利加羅龍
餅を的に射ると白い鳥となって「飛びかけりて山の峯に居るり  伊禰奈利いねなり 生ひき」

風=犬


片目魚伝説
犠牲をささげる→秩序を新たに固める

盲目 片目 片手
媒介者




タタラでは正に直接結びつくものは嫌いますが死や死骸はかえって鉄が湧くき金が生まれるもとになるといって喜ぶ つまり、タタラは死から生を錬成し生み出す特別な場なのです。熊野修験は死の宗教ともいわれ鉱山や金属とも関係深いのですが、『沙石集』には熊野修験が死ぬことを「金になる」と言っている説話が掲載されている
菅江真澄『筆のまにまに』

死から再生
死から穢れなど否定的なものが火によって光り輝く高貴なものへと変換されるところに金属精練の重要な点があるのです 


『一つ目小僧と瓢箪 性と犠牲のフォークロア』 飯島吉晴著 より
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# by ultramal | 2006-06-17 21:34 | 瓢箪/蔵王権現

瓢箪ダヴィンチコード説

『一つ目小僧と瓢箪 性と犠牲のフォークロア』 飯島吉晴著 より



鉄は戦前までは、「鐵」と表記 → 「金の王なる哉」を意味する



性の神としてただちに思い浮かぶもの 斉藤晶三

いしがみ しゃくじん しゃくじ しゃぐじ おしゃもじさま 妻の神 さえの神 くなどの神 道祖神 道六神 ちまたの神 ふなどの神  石尊 ラセキ(裸石) 金精 金勢 金山彦神社 金山神社 石根 男石 屁の子 地蔵 うば神 阿麻羅さま 男法王宮 傘地蔵 猿田彦神社 弓削明神 道鏡さま 船玉大明神 塩釜明神 塩土翁 縁結び神 精大明神 庚申 鬼神さま 興玉の神 和合神 白髯明神 太田の命 青面金剛 鉄開明神 気神(いきのかみ) 気長明神 大開観音 女石さま おひじりさま 陰茎明神 おっひとさま 大物神社 お客権現 やまのこさま しょうぜんさま お駒さま 祇園明神 めをと神社 聖天宮 天地神 (斉藤晶三 「性的祭神異名抄」 『郷土趣味』十二号、一九一九年 三一頁)


斉藤晶三 『性的神の三千年』(三徳社、一九二一年)

道祖神、岐神、塞の神、猿田彦、石神、陰陽石、須佐之男命、諸神、雑神、仏名神、外神の十一に分類して多くの神を分類している


性の神

聖と穢、内と外、男と女、豊穣と不毛、祓う者と祓われる者、善心と悪心
異なる二つの原理がしばしば同居

性の神は、大宇宙(自然)の過剰な生命力と直接結びついている。


トリックスター猿田彦

二月と十月の初申の日を「猿の口開け」、「猿の口留め」と言い、猿は季節交替と深いつながりをもつ。

猿は異界とこの世を媒介するもの

猿、馬(駒)、犬(狗)→境界やこの世を繋ぐ媒介者


本来境界石(男根形)であるヘルムと二つ相反する原理の間を自由に動き回るヘルメス神とが結びつけられたことは興味深い。ヘルメスは、交易や市、盗人や旅人の守護人として、対立するものを結びつけるトリックスターである。

道祖神も同じ。


一般に農民の場合は、大地に播種し耕して作物を育て収穫するという生産プロセスをとるため、男女の性行為やそれを模倣した行為によって作物の豊穣をもたらそうとすることが多い。これは、男女両原理の統合という大宇宙(自然)の原理を、自分たちの住む小宇宙の作物に及ぼし豊穣をまねくために、コントロールした形で男女混合を行い、自然の力を導入しようとしたものと考えられる。一方、山や海といった一種の異界を主たる仕事の場とし、そこから狩や漁という形で獲物(獣や魚)を得る狩猟者や漁民の場合は、農民とは異なった豊穣祈願の儀礼を行う可能性が高いといえる。山民や漁民は、山の神や海の神という女神に対して、男根やその形のものを呈示したり奉納することで、異界の生命力=豊穣を招こうとするのである。





鹿

鹿島や男鹿

地の果てや先端 境界領域をあらわす

瓢鮎図 瓢箪鯰 鯰絵

瓢箪で鯰(水神)をおさえる構図







鯰はトリックスター

地震をひき起こすもの
世界の更新者、富や幸運をもたらすもの

蛇(竜蛇)との同一化、雷や小童(英雄)

鯰は石から生まれる

鯰自体が石→杓子

にもかかわらず、地震の守護人

『鰻絵――民族創造力の世界』小松和彦中沢新一他訳、セリカ書房、一九七九年、三四〇頁)


鰻だけでなく瓢箪も石と同様に両義性や、境界性を有している。

鰻も瓢箪も、水界の存在として極めて近い関係にある

瓢箪 ウツボ性


夕顔、瓜、朝顔などの蔓性植物がよく天まで伸びていくと語られている
ジャックと豆の木?
瓢箪=天と地をつなぐもの

瓜―水

「瓠葛の天の梯建」(「続日本後紀」)
瓠の葛は天へのぼる梯子とみられたり、瓠は天空との結びつきは深かった
(「ひさご」『谷川健一著作集』四巻、三一書房、一九八一年、二六八頁)。瓢箪
中国、朝鮮などの神話に多い


「盤古」鶏卵の中で成長してその殻を破り出たが、上の殻は天空になり下の殻は大地になった

「盤瓠」犬祖神話
八犬伝

伏羲と女媧 洪水神話 
瓢箪にもぐりこんで助かる


瓢箪は人類を生み出す卵

「植物的な卵」 「容器」

瓢箪に収めるものは、生み出す力に永遠性をもたらすものこそふさわしい

不老不死の霊薬たる金丹


瓢箪は中国では、伝統的に薬屋の看板

日本 養老の滝「生命の水」である酒の容器

瓢箪は永遠の生命を象徴するもの

壺中天(壺=瓠)

ひょうたんは、冥界に属するか、冥界とこの世の境界にあるもの
いったん呑み込まれた人や動物は死の世界に入るのであるが、
そこから出てくるときは、再生したことになる
井本英一 『輪廻の話』 法政大学出版局、一九八九年、五五頁



瓢箪は天まで伸びてゆくものとされ、またその特異なかたちや性質から龍蛇や水神とも結びつけられた。さらに瓢箪は不老不死や永遠性を象徴したり、対立物の合一した完全無欠の宇宙を表象するものとされてきた。

瓢箪はウツロ性を一つの特徴としているが、これは一面ではからっぽで実体のないものということである。ふだんはまたっく意識することはないが、空気や風は単に空虚なものでなく、世界に遍満しているのである。虚空蔵菩薩が「大満」とか「福満」を前につけて呼ばれていることにある意味で類似している。瓢箪は、目にははっきりと見えないが、全世界に満ちているものを象徴しているのである。あるいはそれはすべてのものを生み出す宇宙そのものなのである。
 このような途方もないものをさりげない形で瓢箪は表象している。瓢箪をめぐるフォークロアには、いわば、これまで人々が世界や宇宙をめぐって長い間思索し感じ確かめてきたことがすべて込められているのである。これが瓢箪の魅力の核心をなしているのであろう。





『一つ目小僧と瓢箪 性と犠牲のフォークロア』 飯島吉晴著 より
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# by ultramal | 2006-06-16 21:20 | 瓢箪/蔵王権現
http://noos.cocolog-nifty.com/cavesyndrome/

おもしろい。


「新羅の金冠」で立ち寄ったんだけど。(この金冠きれいすぎる)
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# by ultramal | 2006-06-13 18:24 | 遠敷
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ご祭神  伊邪那岐大神
      伊邪那美大神
      菊理媛大神 明治年代に合祀



     ◆・◇・+*+・◇・+*+・◇・◆・◇・+*+・◇・+*+・◇・◆

由緒
 本社の創立は、景行天皇の御宇、十二年六月十五日、吉備武比古、国家鎮護のために祀られたが創始とされ元正天皇の養老年間、僧泰澄白山を開くため、石徹白に来られて、社殿を修め、社域を拡張されて神仏混交の元を開かれました。明治維新になり神仏分離となり、仏像及び年代の奉納品は中在所大師堂に祀り所蔵されております。

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# by ultramal | 2006-06-13 13:14 | 白山神社

●ムゲツ氏と水と犬

 

関市池尻に、ムゲツ氏の氏寺であっとされる弥勒寺(みろくじ)の跡が残されている。今は、礎石だけだが、かつては新緑の中に壮麗な朱色の七堂伽藍が立ち並び、長良川の清流がその足元を洗っていたに違いない。

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# by ultramal | 2006-06-12 18:59 | 水 犬 鉄

石山寺縁起


むむむ!これは・・・




第十三番石光山石山寺 》》 現代語訳

 良弁僧正

  聖武天皇の勅命により、良弁僧正は、金峯山の黄金を掘ることを蔵王権現に念じていた。すると、蔵王権現が霊夢に出てきてお告げになるには、「この山の黄金は、弥勒がこの世に現れた時に用いるものであるので、勝手に取ることは許されない。他の場所を教えよう。江州勢田郡に一つの山があり、これは如意輪観音の霊地であるので、そこへ赴き祈念しなさい」そこで、良弁僧正は、教えの通りに勢田に行った。石の上で釣りをしている翁がいたので、「あなたはどなたですか」と尋ねてみたところ、「私はこの山の主で比良の神である。いかにもここは観音の地である」と教えて去っていった。良弁僧正は喜んで、そのほとりに庵を建て、如意輪観音の尊像をつくった。それからほどなくして、奥州から黄金の献上があったのは、不思議な霊験である。この時大伴家持が祝って詠んだ。
 「すべらぎの御代栄えんと東なる 陸奥山に金花咲」
 (聖武天皇の時代が栄えよと東国陸奥の山に金の花が咲いている)

http://www.nichibun.ac.jp/graphicversion/dbase/reikenki/saigoku/gendai13.html



*関連
http://www.isis.ne.jp/landscape/020118.html
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# by ultramal | 2006-06-12 16:44 | 遠敷


修験が深く関与した山岳には必ず蔵王権現が祀られ、御岳の美称が与えられている。御嶽は地方修験の拠点として、各国に一山ずつ存在したため国御嶽とも号されていた。中央の御嶽がすなわち金御嶽であり、その山頂には弥勒浄土が出現すると予想された時期が歴史上あらわであった。


木曾御嶽
「御嶽山縁起」
されば、座王権現と申ハ現世にてミロク菩薩也、今生にて権現也
長野県筑摩郡大滝村滝文書 天正二一年の奥書

武州御嶽
「御嶽社頭由来記」
必請竜華三会之場

甲州御嶽
山寺が弥勒寺であった


名称が御嶽でなくとも、山頂が弥勒浄土と見なされる実例は多い。
①比叡山
②高野山(弥勒化現の地)
③高山朝熊岳―アサマ山伏の存在と、現在禅宗の金剛峰(?證の間違い?)寺が中世には都卒内院すなわち弥勒浄土であったことによる [ 宮田登「アサマ信仰」(和歌森太朗編 『志摩の民族』所収、昭和四〇年)]




(第四章 富士信仰とミロクから)
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# by ultramal | 2006-06-12 16:26 | 瓢箪/蔵王権現

御嶽に祀られた神

医療の神
少彦名命(座王大権現)

摩利支尊天

目の神
八海山大頭羅神王

子宝の神
十二大権現
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# by ultramal | 2006-06-11 14:11 | 瓢箪/蔵王権現

御嶽の日の出

急遽、御嶽山からの日の出が拝めるかもしれないと思って、池田山(屈指の夜景スポット)に行ってきました。夜景も綺麗でしたが、わたしの本命は、御嶽からの日の出なので、夜景で訪れる若者を尻目に、日の出を狙います。突然の思いつきで、デジカメの充電が間に合わず、携帯の写真…。

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雲の切れ間から御嶽が!案の定、ラッキー☆ 

地震雲というか、鋭い龍雲が東西に架かります。
こういう日は、地上と雲の間に、御嶽山が見えます。
恵那山も見えました。


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                        ☆ ★ ☆

▼More <大画像>
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# by ultramal | 2006-06-10 12:52 | 写真

へそ

妙見神や虚空蔵神は金属神で、佐渡金山の上に妙見神がまつられているのと同じ

摩羅は、朝鮮語の中心という意味で、男性のシンボルを表現している



生石神社ご神体
 石宝殿
この石から少彦名命が誕生したという伝説がある
『日本史の謎・石宝殿』


 岩から神様が生まれる――イランのミトラがその代表


その石はへそ石

古代エジプトには、石宝殿のピラミッドと形も高さも同じくらいの土で作ったピラミッドがあった。お正月の前になると、このようなピラミッドを七つこしらえて、その上の平たい台に雑穀や草花の種子を一種類ずつ播き、水をかけてお正月用に芽をださせた。このピラミッドはつまりへそなのである。そこから生命が生まれ出る。さっきの少彦名命が生まれるのもここからだったのかもしれない。

へそ石

要石にも必ず窪みがある
この窪みからの生命の水が湧き出すという伝承がある

境界では冥界から生命の水が湧き出してくる




入り口は境界(外と内)

弥勒は仏教に入ったミトラのことだが、ギリシアのヘルメスとも関係のある境界神であり、境界石でもあった神である。


バランス


生命の水と木

東大寺二月堂3/12お水取り
二種類 生と死

ブルターク
アポロンの誕生
二本の樹とその間にある泉の所からアポロンが誕生した
幼児アポロンは二月堂の小観音に比すべき再生する幼童神

二本の生命の樹=門柱

  井本英一「境界 祭祀空間」より





天皇が現世に存在する現人神だと歌われている最初の確実な大王は天武天皇
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# by ultramal | 2006-06-07 10:39 | 瓢箪/蔵王権現

南宮

南宮大社
仲山金山彦神社


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御祭神 金山彦命  破魔除災 金運招福 の守護神





御由緒

御祭神金山彦命は、神話に古く、伊勢神宮の天照大神の兄神に当らせられる大神様であります。社伝によれば、神武天皇東征の砌、金鵄をたすけて大いに霊験を顕された故を以って、当郡府中に祀せられ、後に人王十代祟神天皇の御代に、美濃仲山麓の現在地に奉遷され、古くは仲山金山彦神社と申し上げたが、国府から南方に位する故に何宮大社と云われる様になったと伝えます。

 -以上南宮大社略誌より-




南宮大社と南宮山に登ってきました。
天気がよくて気持ちがよく、すっきりしてきました。
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金鵄とは、神武東征の折、ナガスネヒコとの戦いに苦戦しているところ、「一羽の金の鳶(とび)が天皇の弓の先に止まり、凄まじい光を発した。」それに目が眩んだナガスネヒコは遂に神武軍に敗れたという、そういう日本書紀の神話に出てくる鳥のことです。ちなみに「金鵄勲章」はこの話に由来しています。 一方で、「 八咫烏 」のことを、八咫烏金鵄というそうで、 八咫烏 とは、日向高千穂の峰に降臨した賀茂建角身命(カモ族の祖神、下鴨神社の御祭神)のことで、神武天皇を先導して大和に入ったと伝えられており、導きの神様として知られております。

ちゅうことは、「金山彦命が金鳶(金色のトビ)を助け勝利に貢献(南宮由緒)」 金山彦命と八咫烏は、なみなみならぬ関係であった
大海人は、南宮を軍事拠点にしたらしいですが、いわゆる南宮は鞴祭りで有名です。早い話が、大海人の武器製造所だったのではないかといわれてますね、このあたり一帯


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                 南宮には鎌などが奉納されています

※ 壬申の乱の際、南宮は大海人の戦略要地となったそうで、「不破」という呼称は、壬申の乱での勝利から「不破」と名付けられたそうです。


と思って南宮に由緒略記をもらいに行こうと思って参拝してきたんですが、奥宮にまつられている、高山神社の木花咲耶姫命も気になって、南宮山に登ってきました!!
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▼南宮山登山
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# by ultramal | 2006-05-31 22:05 | 南宮

壬申の乱と身毛君広



 挙兵の拠点として美濃が選ばれたのはなぜなのか。

 谷川健一氏(民俗学者)は大海人皇子が美濃の不破を目指した理由について次のように述べられている。
 「そこが戦略的拠点であるという以外に、その周辺に武器の製造がおこなわれ、それが大海人皇子の豪族の勢力下にあったことが大きいと私は思う」(『壬申の乱の一考察』より)。





  (写真は、 いまの安八から眺める 「伊吹山」 5/3)


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# by ultramal | 2006-05-06 21:19 | 水 犬 鉄


 古く、武人のことをモノノフといった。モノは武具や刑罰のことをさし、物部のモノと同じである。物部は古代において軍事や刑罰を担当した部民であった。
 美濃には西濃を中心に数多くの物部郷(村)や物部神社があったことが知られており、古代美濃の戸籍にも物部の名が残されている。
 

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# by ultramal | 2006-05-06 20:40 | 水 犬 鉄

関市池尻にはかつて弥勒寺と呼ばれる寺がありました。いまはその弥勒寺の跡、礎石部分だけが残っているそうですが、かつてはムゲツ氏の氏寺であったのだそうです。ムゲツ氏は、いまだもって謎のベールに包まれた存在のようですが、後世、この地に縁のあった円空は、この関市池尻の弥勒寺付近で、ミロクの下生を希って入定したと伝えられております。


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また、関西から見て鬼門にあたる伊吹山もまたミロクの山であったといいます。その伊吹山、山頂には日本武尊とともに弥勒像が祀られ、古文献はこの地が古くから「弥勒三会の暁」待つ霊場であったと記されているのだそうです。伊吹山山頂からも、御岳からの日の出を夏ごろに拝めるということです。 (写真は、伊吹山頂上の弥勒菩薩像)



*ムゲツ氏

牟義都
牟下津
身毛君広
身毛君大夫
身毛津首


ムゲツ氏は、軍事的・祭祀的な役割を担ってヤマト王権と深く結びついた伝統的な美濃の地方豪族で、記紀などの史料には牟義都・牟下津など様々な表記が見えます。672(天武1)に起きた壬申の乱での身毛君広[むげつきみひろ](大海人皇子の舎人[とねり])の活躍が武義郡を治める郡領としての地位を確実にしました。
http://www.city.seki.gifu.jp/kankou/seki/mirokuji/index.htm

もともと身毛氏は『日本書紀』の景行天皇条に大碓皇子の子孫・身毛君氏として登場し、雄略天皇条に武人「身毛君大夫(むげつのきみますらお)」が記され、壬申の乱で「身毛君広」が活躍し、『続日本紀』で、「身毛津首(むげつのおびと)」なる人物が、天皇家の「聖水」を司る役目をつとめています。したがって、7・8世紀に飛騨と美濃両国の接点地域-奥美濃で、大きな勢力をもっていた身毛氏の全貌が明らかになったとき、岐阜県の古代史は大きく書きかえられるかも知れません。
http://www.shoushin.co.jp/mino6.htm


最近思うことは、
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# by ultramal | 2006-04-30 14:36 | 水 犬 鉄

御嶽の先に蔵王山

 奈良の法起寺を起点とする東北線は、長い旅の末に、純白の雪を頂いた巨大な岩石にぶち当たる。木曽の御嶽山である。

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# by ultramal | 2006-04-30 07:34 | 水 犬 鉄

●ムゲツ氏への仮説


以下は中日新聞中濃版に連載された(およそ20年も前)
尾関章氏の 「水と犬と鉄―古代の中濃とムゲツ氏―」 の最後の項
このあたりのことは、両面宿儺伝説をめぐる奇想←こちら にちらりと載っていますが、著者が述べているように古代の王朝史のからんだムゲツ氏の存在が、日本古代史への重大な問題を提起しているということは、あまり知られていないことであるのではないかという思いもこめてここに掲載してみたい。(個人的には予習も含めて)

~ 古代人の壮大な幻想 ~
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# by ultramal | 2006-04-25 19:37 | 水 犬 鉄

■聖マイケルライン


○イギリスでは一九七六年に「聖マイケル・ライン」と呼ばれる最も有名なレイラインがみつかった。この線は五月一日"メーデー〝(西欧で自然が生産を開始する日)の太陽が上る方位そって引かれ、セント・マイケルズやグラストンベリーなど「聖マイケル」をまつる聖地をその線上に集中させていた。聖マイケルは太陽神アポロン、光の大天使ミカエルと同一の聖者であり、悪竜を退治する武力の英雄でもある。したがって、聖マイケル・ラインは冬を殺し、新しい生命を地上にもたらす生命エネルギーの道だったのだ。この太陽にまつわるラインがもっとも発見しやすいレイラインなのである。

○なかでも重要だった要素は、むろん太陽である。地上に生命を芽ぶかせる父の力。また太陽は闇に明かりをもたらしもする。そこで西洋では太陽の力をあらわすキャラクターとして「ミカエル」なる人名が登場した。ミカエルはキリスト教典に語られる大天使で、よりを着け武具をもった美しい青年として描かれる。罪のシンボルである竜を退治し、光を運ぶ。
 光を運ぶということは、太陽の道を意味する。太陽がいちばん力を得たとき、生命力は死にうち克つ。それが竜を殺す聖マイケルとなり、武具をもつミカエルをあらわしたかったからにちがいない。
 これに対して、月は大地からくるエネルギーを司る、これをイメージ化したのがマリアだ。地下からくる母のエネルギーはやさしく、また弱いので、地下に貯蔵庫バッテリーを築く必要がある。そのためにか、古墳の中には石で組まれた蛇状のバッテリーも造られた。これは見方によると迷路にも見える。迷路は内臓のイメージから発達したといわれるが、たぶんそのとおりだろう。地下エネルギーが迷路をゆっくりと循環し、しかも逃げ出せないようにした蓄積回路なのだから。このために多くの塚が造られ、内部が空洞にされた。これを外から見ると女性の乳房のようにみえる。
 こうしてレイライン沿いには、ときに、角を立てたピラミッドが、また、ときに乳房みたいない丸い塚がつくられようになった。大地に流れるエネルギーを強めるガソリン補給所のように!


○竜穴をつくるには、曲線の道が必要になる。その道こそが、ストゥークリーの発見した「大蛇の神殿サーペント・テンプル」だったと考えられないだろうか。とぐろを巻くドラゴン。そして槍を突く聖マイケル――そう、あの竜殺しのイメージさえ、本当は竜を殺すのなく、元来は天の気と地の気の交わりを象徴した姿だったと考えられる。たしかに、そう考えると、竜脈はかならず曲線をとり、直線になることをタブー視された風水説とも一致するではないか。




 『風水先生レイラインを行く 神聖地相学世界編―荒俣宏コレクション2
                                集英社文庫 荒俣 宏 (著)』
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# by ultramal | 2006-04-13 11:14 | ノート

ヒメゴソ

摂津国東生群
比売許曾神社
祭神 下照比売

アカルヒメ
シタテルヒメ
渡来した光り輝くという同一神格の女神を原像とする
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# by ultramal | 2006-04-10 10:46

カカ

『出雲国風土記』の加賀の郷

加賀(かが)郷(さと)。郡家(ぐんげ)の(北西(きたにし)二十四里(さと)一百六十歩(あし)なり。佐(さ)太(だ)大神(おほかみ)の生まれましし所(ところ)なり。御祖(みおや)神魂(かもす)命(みこと)の御子(みこ)、支(き)佐(さ)加地売(かちめ)命、「闇(くら)き岩屋(いはや)かも」と詔(の)りたまひて、金(かな)弓(ゆみ)を以(もち)て射給(いたま)ひし時(とき)に、光(ひかり)加加(かか)明(や)きき。故(かれ)、加加(かか)と云(い)ふ。
出雲国風土記 山川出版社

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またスクナヒコナが乗ってきた船を「天の羅麻船(あめのかがみのふね)」というらしく羅麻とはカガイモのことらしい。カガイモ?星の神ガガイモ・・・

とくれば、星の神、天のカカセオ。天香香背男
星の神カカセオはアマツミカ星ともいわれ、明けの明星であるとか、妙見信仰であるとかいろいろいわれていたような・・・・・・・。どっちも大元神なんじゃ・・・・ぶつぶつぶつ。

なんと調べてみたら、「目の神様」として祀られているというではないか!?
やはりカカセオもシリウスなのね。


ちなみに、「カカ」は蛇を表しているといわれている。
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# by ultramal | 2006-04-08 12:10

天日槍・天之日矛

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 もっとも天日槍の伝承は多様であって、その内容はけっして単純ではない。その詳細はすでに早く指摘したが(「古事記の伝来伝承」、『古事記』所収、社会思想社、一九七七年)、まず第一にその渡来の時期を『古事記』が応神天皇の代とするのに対して、『日本書紀』はそれをさかのぼる垂人天皇の代のできごととするちがいがある。
 さらに天日槍が倭国に渡ってくる事情について、『古事記』が描く阿加流比売を追慕して渡来するというエピソードは『日本書紀』になく、これに類似する伝承は、『日本書紀』垂人天皇二年是歳の条の「一云(イチニイワク)」に述べる、意富加羅国(大伽耶)の「王子」とする都怒我阿羅斯等が「北ッ海(日本海)」をめぐって敦賀に渡来する説話にある。
  赤玉や神石(白石)が乙女に変化する伝えも『古事記』の天之日矛伝承と『日本書紀』の都怒我阿羅斯等伝承とに共通している。日光に感精して懐妊する赤玉神女伝承は、『古事記』にはっきり記されているが、日光感精型あるいは赤玉神女型の神話は、古代朝鮮にかんする貴重な古典である『三国史記』などにみえるところであって、天之日矛(天日槍)と神女をめぐる伝承の直接のふるさとが朝鮮にあって、それが天日槍に象徴される渡来集団のなかではぐくまれていったことはほぼまちがいない。


天日槍の渡来コースには鉄の文化とのかかわりを物語る遺跡がかなりあって、天日槍集団の背景には鉄の文化と土木開発の技術があったと考えられる。

古事記が「天之日矛」、『日本書紀』や『風土記』・『新撰姓氏録』などが「天日槍」と書くのに対して、『古語拾遺』が「新羅の王子 海檜槍」と記しているのは興味深い。もともと「海語連」と表記していたのが、後に「天語連」と表記するようになってたごとく、海上ルートで新羅から渡来した「天日槍」の「天」も本来は、「海」であったかもしれない。

『天日槍と渡来人の足跡』海鳥社 〔 序――探訪・天日槍伝承(上田正昭)の頁より 〕
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 天之日矛には別名が多く、気比神宮の主祭神である「イササワケ命(気比大神)」のほか、近江の鏡神社の主祭神「天目一箇命」、御上神社の主祭神「天御影命」とも同一人物ともされているそうで、籠神社の伝承によると、この天御影命は天火明の別名であるともいいます。現在の籠神社の主祭神は、天火明命とされているそうですが、天火明には別名が多く、正式には天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命というのだそうです。 現在籠神社では、この御神名を分解して、天照が天照大神、国照彦は猿田彦、櫛甕玉は大物主=大国主命(=大己貴命、八千矛神)、饒速日命がそれぞれ別な神々として独立して祀っておりますが、本来はもともと「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」という一つの名が表すように、同一神であったようであります。
 また、籠神社の極秘伝として天火明命の別名には加茂別雷神や丹波道主などが伝えられているそうですが、そのなかでも重要とされたのが「彦火火出見尊(ホホデミ命)」で、ホホデミ命といえば、記紀には天照大神の孫、火遠理命として登場し海幸山幸彦神話として知られております。実は神武天皇の名前の中に「神日本磐余彦火火出見尊(記紀)」と"ホホデミ"という名前を持っていたのだ!!という驚きの報告がされておりました。(「以上月間ムー」2004年1月号 No.278参考)

コメント
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# by ultramal | 2006-04-06 12:35 | ノート

花見

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宮の渡しに花見に行ってきた。
みんなに久しぶりに会えて楽しかった☆

なんか最近疲れてきた(^^)
ブログもあまり更新しないかもしれないけど。
しばらくはこんな状態かな・・・


あ、きょう話題になっていた以前宮の渡しに行ったときの
不思議写真はこちらに貼っておきますね。
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# by ultramal | 2006-04-01 22:03 | 海上の森

アマテラス

 
 神話によれば太古のあるときに、太陽女神のアマテラス大御神が弟神のスサノヲの命が天上でしたひどい乱暴にがまんができなくなって、岩屋に入り中から戸を固く閉めて、隠れてしまった。そのために陽光に照らされなくなった世界は常闇に鎖され、『古事記』に、「ここに万の神は、さ蝿なす満ち、万の妖悉に発りき」と言われているような、ひどい混乱状態に陥った。

 そこで困却した八百万の天神たちは、天の安の河という天上を流れる河原に集まって相談をし、オモヒカネが考案した計画に従って、岩屋の戸の前でアマテラスを招き出すために、祭典の嚆矢となる祭りを挙行した。
 
 その祭りで天神たちは、天上の天の香山から根こそぎにして来た賢木に、勾玉の飾りと鏡を掛け、その下に楮と麻でそれぞれ作った白と青の和幣を垂らした。そしてその賢木をフトダマの命という神が捧げ持ち、その横でアメノコヤネという命という神が、厳かに祝詞を唱え、アメノタヂカラヲとい怪力の神が、岩屋の戸の脇に隠れて立った。それからアメノウズメの命という美しい女神がささの葉を束ねたものを手に持ち、伏せた桶を踏みならして踊りながら、乳房と陰部を剥き出して見せて、天神たちを、天上の神々の世界をの高天原が鳴り響くほど、どっと哄笑させた。 
 
 それでその物音を聞いていぶかしく思ったアマテラスが、岩屋の中から戸を細目に開け、「自分が隠れているので、天上も真暗闇になっている筈なのに、なぜアメノウズメは楽しそうに踊り、八百万の天神たちはみな笑っているのか」と尋ねた。そうするとアメノウズメはアマテラスに「あなた様よりもいっそう貴い神が、ここにいらっしゃるので、そのことを喜んで、笑ったり踊ったりしているのです」と答え、そのあいだにアメノコヤネとフトダマが賢木に掛けた鏡を差し出して、アマテラスに見せた。そうするとアマテラスは岩屋の外のその鏡に映った、今のアメノウズメの言葉の通りに、まさにこの上なく尊く見える自分自身の姿を目にしてますます不審に思い、もっと、よく見ようとして、岩屋から少し出て来かかったので、すがさずタヂカラヲがそのアマテラスの手を取って岩屋の外にすっかり引き出した。そしてその後方にフトダマが注連縄を張って、アマテラスに、「ここから内にお戻りになることはできません」と言った。それで天上と地上はまた再び、太陽の光で明るく照らされることになったのだと言う。



『太陽と神話と祭り』 吉田 敦彦 著  (第4章 天の岩屋戸神話を表す祭り より) 
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# by ultramal | 2006-03-22 23:21 | ノート

「目次」 

「いのちのきずな」


 もくじ


   夏至ライン 
      太陽の国伊勢の地へ 二見から
  
   日光感精神話「神婚する女」
      猿田彦と金の弓矢     
      三輪山の神
      丹塗矢の怪「賀茂神社」
      天日矛伝説

   ミロクの方角
      金華山ミステリー
       →御嶽<蔵王権現ミロク>
 
      ・五十瓊敷(イニシキ)アイテムは弓矢
      ・高句麗神話の朱蒙は百発百中
      ・イシュマエルも「荒野に出て弓射る者の祖」

   ギフ十字ライン
      白山と水神
      両面スクナと分水嶺
      ミロクはミトラ神
      白山ライン
      ギフト「天からの贈り物」

   シリウス
      ドゴンの教え
      天の真名井は魚居
      龍宮乙姫は八尋鰐
      豊受大神 


   女神の末裔
      よみがえる女神
      メディスン・ホイール
      聖婚の儀礼
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# by ultramal | 2006-03-03 12:29

星と祭

氷上は火神だよって夢の中で誰かに教えていた。

おひかみさん!?
氷上姉子神社のことだろう。

何を言ってんだろう
ゆめの中まで・・・


火高

ひだかみ
日高見

飛騨は、
日抱きの宮の「日抱」が由来とは安吾の説

「日抱きの御魂鎮め」という神事
山中の池の周りを村人たちが囲んで、水面に写る太陽や月を瞑想したもののようだ。明治頃までこの習俗は残っていたそうで、今も丹生川村にはたくさんの日抱の宮が点在している....


井上靖の「星と祭」も琵琶湖だったけど、湖面に月と十一面観音を瞑想する似たような題材の記憶がある。。

more・・・
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# by ultramal | 2006-03-01 21:39 | ノート

ぎふ温泉紀行・・・

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南濃の水晶の湯に行ってきた。写真はそこからの景色 中央は揖斐川
ちょっと春霞。いったときは曇天でみるみる晴れてきたんだけど。
龍雲が多数だった。↓養老山
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・水晶の湯の温泉は海臭かった。石灰質のよう。
・うすずみ温泉(根尾)もなぜか山の中なのに、海水の温泉だった。
・白山のお湯も海臭い。地質が石灰でアンモナイトの化石とかもいっしょに展示してあった^^;

石灰岩でできた伊吹山は、海底から隆起した「海の化石」なのだそうだ。


古代の濃尾平野 金色の波寄せた海湾

 「世に三河国賀茂郡猿投神社および尾張国葉栗郡玉井神社所蔵の古図と称するものがある。その描くところによると、濃尾地方は一面の海で、中央に中島郡の孤島があり、その南に日置、津島、戸田、長島、枇杷島などの数島が碁石のように点々とし、また長良河口に東、西、中などの六つの島があり、今の金華山の辺に岐阜山と注し、その西に磯島などを描いて、濃尾地方が広漠とした海湾であったことを示している」

 「県治水史」は、「濃尾平野の有史的変遷について口碑の伝うるもの2、3に留まらぬが、一つとして学理上信を措くに足るものが無い」とし、その例としてこの一文を挙げている。

 猿投神社の図は1830(天保元)年、千年前の古図として世に現れたが、海だったという各所に遺跡が知られて偽作との見方が強い。一方で、伊勢湾台風(1959年)による大水害を体験して、あれは千年前の洪水の図とみる人もいる。真偽はともかく、眼前に広がる風景は、まさにこの「広漠たる海」なのだ。



↑おおこれは、例の地図

玉井神社?・・・
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# by ultramal | 2006-02-24 10:31 | 海上の森