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by うるとら

遠敷おにゅう


 石山寺縁起に出てきた良弁ですが、東大寺建立に尽力した僧侶として名高いようです。 たまたま福井県小浜市に「鵜の瀬」というところがあり、寄ることとなったんですが、実は、この良弁という大和尚、この「鵜の瀬」にある、小浜市下根来(しもねごり)が出身という案内書があったのです。 鵜の瀬といえば、東大寺の二月堂「お水取り」は、この「鵜の瀬」から、「お水送り」をし、東大寺二月堂の「若狭井」という井戸まで秘密の地下水脈を通って、流れ着くといわれているのでした。 その、若返りの、霊泉と呼ばれる、「鵜の瀬」の霊水を、二月堂の本尊十一面観音に備える霊水として、お水取りがなされています。


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 その、良弁和尚の生地である、小浜市下根来ですが、東大寺と、ここ「鵜の瀬」は、実は同じレイライン上にあるといいます。さらに、その南には吉野蔵王権現の金峰山や、空海の祀ったとされる丹生の神々がおられました。
http://www.ley-line.net/wakasa/wakasa04.html

丹生(にゅう)といえば、この「鵜の瀬」から東大寺二月堂へとお水が送られるわけですが、「鵜の瀬」のあるところに遠敷川(おにゅうかわ)という川が流れています。この遠敷川から、二月堂の「若狭井」という井戸へ送り届けられるというわけであります。


 それで、遠敷明神(若狭彦、若狭姫の神)という神様がおられるわけなんですが、なんと、その昔、実忠和尚(良弁の高弟)が十一面悔過法要中に、全国の神の名前を唱えて勧請した時に、遠敷明神の神だけが、遠敷川で釣りしていて遅れてしまったんだそうです。それで、そのお詫びに、東大寺「お水送り(修二会)」の際には必ず毎年、遠敷川からお水を送るようになったんだといういわれが、あるのだそうです。

 わたしも、この遠敷川のほとりにある、「鵜の瀬」の近くにある、名水百選にも選ばれているお水を頂いてきました。(蛇口をひねると出るように整備されいました。)ふと、そこの奥を見てみますと、小さなお社が祀られておりました。わたしが行ったときは暗かったので、より鬱蒼として、古寂れた印象の祠でありましたが、お水を頂いたお礼にと思って、お参りして来ました。今、改めて、調べてみますと「白石神社」とあります。わたしのあとに、誰か、お水を汲みに来ていらした地元の方であろう方がいました。あとで、見てみると、その白石神社を汲んだお水で掃除していらっしゃいました。あんなに、放置されたまま、忘れ去られたようなお社のようでしたが、お手入れされお掃除をしお守りになられている方が、必ずいらっしゃるのだなぁということを、度々他の神社などでも感じたりすることであります。 遠敷明神のルーツであろうということが、他のホームページにも紹介してあった、この白石神社ですが、思うに、釣りをしていて遅れた遠敷明神とは、先に『石山寺縁起』にでてきた、老翁、比良明神でありましたが、必ず釣りをしていて、どこからともなく表れ、どこからともなく消えていく白髭明神にそっくりではないですか。ということは、白石神社といい実はこの東大寺に法要中に遅れたという遠敷明神、ですが、新羅由来の神であろうという推理が働きます。しかも、東大寺の本尊は、十一面観音でした。白石、新羅、白山(十一面観音)・・・・・。

わたしとしましては、マージャン・パイがずらり、そろい「リーチ」といいたい気分なのですが、みなさんはどう思いますか。遠敷明神と白石明神


この、「おにゅう」の神のルーツは、西域のシルクロードまで遡るということが言われおります。
「おにゅう」ですから、「お乳」で守り育てはぐくむ神であり、大地母神に比定されると思われます。しかしながら、なぜ、夫婦二神なのかといえば、それはもう、ひとりでは生み出すことはかなわないからであります。陰陽和合という、古来日本の伝統は、必ず「対」である、そんなふうにいわれている由縁なのであるわけです。


春を告げる行事といわれる 東大寺二月堂の 「お水取り」(正式には「修二会」)ですが、その実態は大松明をかかげる火のお祭でもあります。火と水ダイスペクタルが繰り広げられるのでしょうか。火と水の大洗礼のような「お水取り、修二会」一度見てみたものですが、東大寺に春を告げるお祭はものずごい人が集まるようですね。



*お水取り

http://www.fururu.net/category/monthly/1076664273

http://www.wanogakkou.com/life/00100/00100_006_omizutori.html






*アナヒータと遠敷明神

「観音」は仏教の神としてなんの抵抗もなく受け入れられているが、実は「観音」とは「光輝き放つ物」という意味の古代ペルシャ語の音訳である。光輝きを放つのは古代ペルシャのアナヒーター女神の特徴で、観音はこの女神との共通点が多く、その姿はいかにも拝火教(ゾロアスター教)の神らしい。
 
 その起源は古代のペルシャのミトラ信仰にある。ミトラとは、太陽神、光と真理の神であるが、ゾロアスター教においては最高神と人間の仲裁者でもある。そして西アジアにおいて仏教と融合した形で、中央アジア系の民族によって、日本列島にもたらされていたのである。


 東大寺の二月堂で行われる「お水取り」は、火のたいまつを振り回す拝火教の行事そのものである。そして祭神の「遠敷明神おにゅうみょうじん」とは、実はアナヒーター女神の音訳で、「北方から正月の水が2本、地下を流れる」という設定は、ペルシャのカナート(地下水路)を表現している。つまり「お水取り」はアナヒーター女神に水を供える行事なのである。

http://ultra3040.exblog.jp/2681641/
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by ultramal | 2006-07-12 15:26 | 遠敷